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橋本さん.gif
金沢|近江町市場のお取り寄せ

投稿スタッフ

今回は今年開設300年を迎える近江町市場の記念イベントやその歴史を簡単にご紹介しようと思います。

300年を記念して作られた缶バッチや業務用車に貼られたマグネットなど市場を歩いていても300年をお祝いする雰囲気が感じられます。このブログを作成するために、先月22日に発行された「近江町市場三百年史 金沢市民の台所/近江町市場商店街」を張り切って購入しました!

ちなみに40年前に発行された「金沢市近江町市場史」も金沢市内の古本屋で購入しました(笑)

■近江町市場三百年史
https://amzn.to/2RQsGQN

金沢|近江町市場のお取り寄せ

近江町市場では開設300年を記念して主に5つの取り組みを予定されています。

【主な取り組み】
①おみちょ歴史ギャラリー
②毎月第3金曜「市民感謝デー」
③おみちょサポーター
④おみちょYoutubeチャンネル
⑤近江町市場開設300年特設ページ開設

詳細は開設300年特設ページをご覧ください。
https://300th.ohmicho-ichiba.com/

上記以外にもPayPayと連携した10%還元のクーポン(各商店ごとに異なります)や先日ご紹介した300年記念式典なども色々な取り組みが行われています。

余談ですが、Youtubeと言えば、大口水産のライブカメラってご存知ですか?大口水産さんの売り場の様子がライブで配信されています。わたしたちもたまに見ています(笑)市場の常設ライブカメラはあまり聞いたことがないので知ったときは驚きでした(笑)

■大口水産ライブカメラ
https://www.youtube.com/watch?v=7oAKqZCdaR8

ちなみに兼六園もライブカメラで配信されています。
■兼六園ライブカメラ
http://www.pref.ishikawa.jp/siro-niwa/kenrokuen/livecamera.html

今回は既に始まっているおみちょ歴史ギャラリーを紹介します。ギャラリーは近江町市場内のふれあい館広場のレンタルスペースに常設され、誰でも無料で入室可能(9:00-16:00)です。ギャラリーでは、藩政期から平成までの変遷や、江戸から大正時代の広告チラシ(ひきふだ)や当時の市場で働く方々の写真が展示されています。お近くに来られた方はぜひお立ち寄りください。個人的に気になったのは無料で持って帰られる団扇でした(笑)

金沢|近江町市場のお取り寄せ
金沢|近江町市場のお取り寄せ

前置きが長くなりましたが、ここから近江町市場の歴史を節目ごとに簡単にご紹介します。ボリュームが多いので、、、今回は戦前までの歴史をご紹介します。253ページの金沢市近江町市場史からポイントを抜粋しました。

①江戸時代
金沢には近江町市場の前身となる2つ魚市場が存在、犀川沿いの魚屋市場、浅野川沿いの袋町市場です。元禄3年(1690年)の大火で、両市場が延焼し、2つの市場が1つになり今の近江町市場になったようです。
当時の文献には藩侯へ献上された魚類が記されているのですが、今では一般的に食べられている魚類も多く、今の時代の生まれて良かったと思いました(笑)ちなみに↓が寛文6年(1666年)5月の覚書に記された魚類の例です。

・こあじ
・こづくら(ぶりの幼魚)
・こかれい
・すわいがに
・いはし
・ふぐ等々

②明治時代
廃藩置県により、藩の保護と主な購買者である武士階級を一挙に失った近江町市場は苦しい時期を迎えます。明治18年(1885年)の記録によると、石川県士族の破産者は1090人を数え、明治11年(1878年)に10万7千人だった金沢の人口は9万5千人にまで減ったようです。しかしながら市場は多難を乗り越え、明治37年には公共市場として認められ、現在も武蔵が辻に残る「官許金沢青草近江町市場」という名称になりました。

③大正時代
北洋や遠洋漁業が盛んになり、魚類の取引が活発化し、近江町市場は鮮魚の卸売専門となり、青果は住吉市場へ移転されました、そして、大正12年(1923年)には取り引きの明朗化を図る目的に、「中央卸売市場法案」が制定され、近江町市場を含む全国主要都市の市場が公営化されました。

④昭和前期
戦時色が強くなり、昭和18年(1943年)に石川県鮮魚配給会社が成立、品物は全て配給制になりました。そして、昭和12年ごろからは近江町から入隊する人が増え、人手不足により市場の機能は麻痺状態になりました。幸い金沢は戦災を逃れましたが、強制疎開等により市場内の多くの店舗が閉店を余儀なくされました。

戦後からの歴史はまた次回にご紹介しようと思います。